京都地判平成15年9月24日理由
京都地方裁判所平成12年(ワ)第二三五号ほか
平成15年9月24日判決
理 由
第一 請求原因(一)、(二)イの事実は各当事者間に争いがない。
第二 請求原因(三)について
一 原告らは、平成九年三月三一日の時点で、関連二〇社に対する貸付金は、日債銀が償却(引当金を計上)したもののほか、少なくとも合計一四六四億円について、基本通達九―六―四による償却の要件を備えているから、これを償却(引当金の計上。債権償却特別勘定への繰入れの趣旨と解される。)することが義務であった旨主張する。
二 しかし、《証拠略》によっても、平成九年三月三一日の時点で、日債銀の関連二〇社に対する貸付金のうち、日債銀が償却した部分のほかに、少なくとも一四六四億円について、基本通達による償却の要件を備えていたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三 もっとも、原告らは、基本通達九―六―四による償却の要件を備えている債権については、基本通達九―六―四の定める金額によって償却(引当金を計上)することが義務であり、その金額の貸倒引当金を計上しないこと(債権償却特別勘定に繰り入れないこと)が、有価証券報告書に虚偽の記載をすることになる旨主張している。
その趣旨は、基本通達自体によって、債権償却勘定への繰入れが義務付けられるというものではなく、基本通達の要件を満たす債権については、その定める金額の全額について償却をすることが、公正な会計慣行に合致する会計基準であるから、これによる義務があるというものと解される。
商法二八五条ノ四第二項は、金銭債権の評価については「取り立ツルコト能ハザル見込額」を控除することを要するとし、企業会計原則も売掛金等の債権の貸借対照表価額は、債権金額又は取得価額から正常な貸倒見込額を控除したものとするとしているところ、これらの見込額は公正な会計慣行(一般に公正妥当と認められる企業会計の基準)によって判断されることになる。そして、その公正な会計慣行に合致する会計基準は、一般的に複数存在することもあり得るのであって、原告の主張する会計基準が、唯一絶対のものであることを認めるに足りる証拠はなく、基本通達九―六―四の要件を満たす債権については、全額を償却することが義務であるとまではいえない。
第三 請求原因(四)について
一(一)請求原因(四)ア、同イ(ア)の各事実は、原告らと被告監査法人、被告東郷重興及び同窪田弘との間においては争いがなく、被告岩城忠夫との間では《証拠略》によって認めることができる。
(二)請求原因(四)イ(イ)の事実のうち、日債銀が、本件オプション取引を行ったことは各当事者間に争いがない。
(三)請求原因(四)エの事実のうち、日債銀が、平成九年三月期決算において、本件株式について、プットオプションの購入代金六一五億円を資産として計上したこと、本件株式を簿価で計上したことは、各当事者間で争いがない。
そして、《証拠略》によれば、日債銀は、本件オプション取引によって、本件株式の市場変動リスクを回避(ヘッジ)することが可能となったものと認められる。
(四)また、《証拠略》によれば、六四期報告書には、取引の時価等に関連する事項のうち株式関連取引として、契約額二四八六億五三〇〇万円のプットオプションの記載があり、かっこ内に貸借対照表に記載したオプション料の額六一五億七四〇〇万円の記載があることが認められる。
二(一)平成九年三月三一日時点において、保有株式の評価方法として低価法を採用する場合におけるヘッジ取引に関して、参考とすべき報告、意見等として次のものがあった。
(二)米国財務会計基準書第八〇号(乙一五)
米国の財務会計基準審議会は、昭和五九年八月に「先物契約に関する会計処理」(財務会計基準書第八〇号)を作成した。
これでは、先物契約の市場価格の変化を利益計算上認識していないときには、ヘッジ項目の公正価格の未実現の変化(すなわち低価法による評価損)を認識する必要はないと示している。
(三)「債券先物取引の会計処理」
日本公認会計士協会は、昭和六〇年一〇月八日、米国財務会計基準書を参考に「債券先物取引の会計処理」を公表した。
これによれば、保有債券に低価法を適用する場合のヘッジ取引の会計処理について、現物の価額が著しく下落した場合に、保有債券に低価法をそのまま適用するとヘッジ取引の内容が反映されず、期間損益の実態を正しく示すことができないと考えられることから、低価法を適用するに当たっては適用する時価を先物契約の変動額により修正し、修正した価額を時価として評価額を算定すべきとされている。
なお、「先物債券取引の会計処理」は、一般企業を対象としたものであって、銀行業には直接の適用がない。
(四)「先物・オプション取引に係る経理処理について」(平成二年三月三〇日事務連絡により改正後のもの)
平成元年七月一一日付け大蔵省銀行課長発事務連絡「先物・オプション取引に係る経理処理について」(平成二年三月三〇日事務連絡により改正後のもの)は、銀行を対象とする先物取引及びオプション取引に係る経理処理の基準を示したものであって、有価証券市場における証券オプション取引の場合、オプションプレミアムの授受日においてその他資産中「その他の資産」の科目で処理するものとしていた。
しかし、本件オプション取引は店頭オプション取引であり、直接の適用はない。また、ヘッジの対象となった株式の評価については特に触れていない。
(五)「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見書等について」(甲一二)
企業会計審議会第一部会は、平成元年四月以降、先物取引等に係る損益の認識方法等について審議を行い、その結果を取りまとめた上で、平成二年五月二九日、「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見書等について」を公表した。
同意見書は、先物取引の会計処理基準については、現段階において、損益の認識、ヘッジ会計の方法等に関する確定的な基準を設定するには、なお検討を要する多くの問題点が残されているから、基本的な考え方及び会計処理方法を今後の検討材料として示すにとどめたとし、オプション取引の会計処理基準については、今後、オプション取引の定着状況、会計実務の推移等を踏まえながら検討していく予定であるが、契約時に授受されるオプション料の処理方法については、現行の会計実務上混乱がみられるため、第一部(「先物・オプション取引等に係る時価情報の開示に関する意見書」)においてその統一を図ることとしたとした。
そして、その「第一部 先物・オプション取引等に係る時価情報の開示に関する意見書」においては、先物・オプション取引がヘッジ目的で行われる場合には、先物・オプション取引に係る時価情報と、当該先物・オプション取引によりヘッジされている現物の有価証券等、特に市場性の有価証券に係る時価情報を併せて開示しないと、ヘッジ取引に係る損益情報の開示が偏り、投資者等の判断を誤らせるおそれがあるとした上、先物・オプション取引に係る時価情報の開示基準として、取引所に上場されている証券・金融先物及び同オプション取引を開示の対象とすべき先物・オプション取引とし、決算時におけるオプションの貸借対照表価額(売建又は買建時に授受されるオプション料の額)、これに対応する時価及び差損益をオプション取引についての開示すべき情報としている。
また、その「第二部 先物取引に係る会計処理に関する中間報告」では、オプション取引の会計処理については、今後の検討にゆだねるとされている。
(六)オプション取引会計基準形成に向けての調査研究(乙一三)
オプション取引会計基準研究委員会は、平成四年一〇月、その研究報告である「オプション取引会計基準形成に向けての調査研究」を発表し、オプション取引の会計基準について、概要、次のように報告している。
ア オプション料について、オプションの売買に際して当初授受した時点で、これを費用、収益の実現と考えて、即時損益する処理もあるが、現行のルールは、資産の取得又は負債の発生と考えてこれを資産・負債に計上する処理を要求しており、これには十分な妥当性があるとされている。
イ 支払オプション料の性格を、権利料とみる考え方、前払費用とみる考え方、仮払金とみる考え方、及び準貨幣資産とみる考え方を検討した結果、ケースバイケースで上述の性格のいずれかを持つか、あるいは複数の性格を併せ持つと考えるのが適切である。
ウ 支払オプション料の測定を、一括法(当初オプション料を資産、負債に計上するに際し、その総額を一括計上する方法)によるか分解法によるかについては、オプションの取引目的、買建、売建別に検討し、ヘッジ目的の買建オプションについては、時間的価値をヘッジのための保険料と考える立場からは分解法を、時間的価値を含むオプション料の総額をヘッジ対象の会計処理に影響させるという立場からは一括法を採用する。
エ 一括法による場合のオプション料の期末評価は、原価法、低価法(買建の場合)及びMTM評価(その時の時価で評価する方法)の三種類があるとされている。
三(一)ところで、日債銀は、本件オプション取引の支払オプション料の全額を資産として計上しているところ、原告らもこの点自体は、問題としてないし、上記二(四)ないし(六)の意見書等もこのような処理を認めているところである。
(二)また、日債銀は、六四期報告書において、本件株式を簿価で計上したことは前記のとおりであるが、その根拠について、被告らは、権利行使価格を簿価とする本件オプション取引により、本件株式を簿価で売却する権利を確定的に取得しており、権利行使価である簿価を正味実現可能額としてこれを時価とすることは低価法に反しないと主張しており、日債銀は、これも一根拠として上記の会計処理を行ったものと推認することができる。
(三)ア 平成九年三月当時、保有株式の評価基準として低価法を採用している銀行において、ヘッジ目的でオプション取引を行ったときに、ヘッジ対象となる株式の評価をどうするかについて、明確な会計基準は存在していなかった(《証拠略》)。
一方、債券先物取引の場合にはヘッジ取引の会計処理については、上記二(二)及び(三)のとおり、低価法を適用するに当たっては、適用する時価を先物契約の変動額により修正し、修正した価額を時価として評価額を算定すべきなどとされている。
債券先物取引の会計処理基準を、ヘッジ目的という点で共通し、平成九年三月当時、明確な会計基準が存在していないヘッジ目的のオプション取引において、類推適用することが公正な会計慣行に合致しないものとは言い難い。
そして、通常の先物取引においては、利益が出ても損失が出ても契約を履行する義務を有するのに対し、買建のオプション取引においては、購入者はオプションを行使する権利を有するのみであり、相場の状況が購入者に有利であれば権利を行使し、不利であれば権利を放棄することができるから、債券先物取引の会計処理基準を類推適用する際、「先物契約の変動額」を「オプション行使価額と時価」との差額と読み替えることが一概に不合理であるとはいえない。すなわち、債券先物取引の会計処理基準を類推適用すること、その際、保有株式の時価をオプションの行使価額によって修正した上で算定することが不合理であるとはいえない。
イ なお、原告らは、支払オプション料を資産計上した上で,本件オプション取引により本件株式の時価を簿価相当額に修正することを認めることは、支払オプション料相当額ないし時価と簿価との差額を二重計上することになるとも主張する。
しかし、日債銀は、本件オプション取引によって、本件株式の時価が三一〇一億円以上に上がった場合にオプション料を放棄しても利益が生じ、他方、本件株式の時価が一一六〇億円以下に下がった場合にはオプションを行使し、又はオプションを譲渡することで利益を得ることが可能になるという地位を取得したといえるのであるから、前記処理を以て直ちに二重計上と評価することはできない。
(四)以上によれば、平成九年三月当時において、支払オプション料を資産として計上しつつ、他方、保有債券の時価評価を先物契約によって修正された価格によることは、当時の会計基準あるいは会計慣行に反しているとまではいえない。
なお、上記二(五)の「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見書等について」の「第一部 先物・オプション取引等に係る時価情報の開示に関する意見書」においては、決算時におけるオプションの貸借対照表価額(売建又は買建時に授受されるオプション料の額)、これに対応する時価及び差損益をオプション取引について開示すべきものとしている。しかし、これは、取引所に上場されている証券・金融先物及び同オプション取引を開示の対象としており、店頭取引であった本件オプション取引には直接あてはまるものではない上、これを開示しないことが、有価証券報告書の虚偽記載となるほどに確立された会計基準であるとも認められないから、上記の認定に影響するものではない。
四 そうすると、日債銀が、平成九年三月期決算において、本件株式について、プットオプションの購入代金を資産計上する一方、本件株式を簿価で計上し、損益計算書に保有上場株式の評価損約七〇六億円を計上しなかった会計処理について、それが当時の一般に公正妥当と認められる会計基準あるいは公正な会計慣行に反していることを前提とする原告の主張は、その他の点を判断するまでもなく理由がない。
第四 結論
したがって、原告らの請求はいずれも理由がないから、本件請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六五条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 亀井宏寿 尾河吉久)
平成15年9月24日判決
理 由
第一 請求原因(一)、(二)イの事実は各当事者間に争いがない。
第二 請求原因(三)について
一 原告らは、平成九年三月三一日の時点で、関連二〇社に対する貸付金は、日債銀が償却(引当金を計上)したもののほか、少なくとも合計一四六四億円について、基本通達九―六―四による償却の要件を備えているから、これを償却(引当金の計上。債権償却特別勘定への繰入れの趣旨と解される。)することが義務であった旨主張する。
二 しかし、《証拠略》によっても、平成九年三月三一日の時点で、日債銀の関連二〇社に対する貸付金のうち、日債銀が償却した部分のほかに、少なくとも一四六四億円について、基本通達による償却の要件を備えていたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三 もっとも、原告らは、基本通達九―六―四による償却の要件を備えている債権については、基本通達九―六―四の定める金額によって償却(引当金を計上)することが義務であり、その金額の貸倒引当金を計上しないこと(債権償却特別勘定に繰り入れないこと)が、有価証券報告書に虚偽の記載をすることになる旨主張している。
その趣旨は、基本通達自体によって、債権償却勘定への繰入れが義務付けられるというものではなく、基本通達の要件を満たす債権については、その定める金額の全額について償却をすることが、公正な会計慣行に合致する会計基準であるから、これによる義務があるというものと解される。
商法二八五条ノ四第二項は、金銭債権の評価については「取り立ツルコト能ハザル見込額」を控除することを要するとし、企業会計原則も売掛金等の債権の貸借対照表価額は、債権金額又は取得価額から正常な貸倒見込額を控除したものとするとしているところ、これらの見込額は公正な会計慣行(一般に公正妥当と認められる企業会計の基準)によって判断されることになる。そして、その公正な会計慣行に合致する会計基準は、一般的に複数存在することもあり得るのであって、原告の主張する会計基準が、唯一絶対のものであることを認めるに足りる証拠はなく、基本通達九―六―四の要件を満たす債権については、全額を償却することが義務であるとまではいえない。
第三 請求原因(四)について
一(一)請求原因(四)ア、同イ(ア)の各事実は、原告らと被告監査法人、被告東郷重興及び同窪田弘との間においては争いがなく、被告岩城忠夫との間では《証拠略》によって認めることができる。
(二)請求原因(四)イ(イ)の事実のうち、日債銀が、本件オプション取引を行ったことは各当事者間に争いがない。
(三)請求原因(四)エの事実のうち、日債銀が、平成九年三月期決算において、本件株式について、プットオプションの購入代金六一五億円を資産として計上したこと、本件株式を簿価で計上したことは、各当事者間で争いがない。
そして、《証拠略》によれば、日債銀は、本件オプション取引によって、本件株式の市場変動リスクを回避(ヘッジ)することが可能となったものと認められる。
(四)また、《証拠略》によれば、六四期報告書には、取引の時価等に関連する事項のうち株式関連取引として、契約額二四八六億五三〇〇万円のプットオプションの記載があり、かっこ内に貸借対照表に記載したオプション料の額六一五億七四〇〇万円の記載があることが認められる。
二(一)平成九年三月三一日時点において、保有株式の評価方法として低価法を採用する場合におけるヘッジ取引に関して、参考とすべき報告、意見等として次のものがあった。
(二)米国財務会計基準書第八〇号(乙一五)
米国の財務会計基準審議会は、昭和五九年八月に「先物契約に関する会計処理」(財務会計基準書第八〇号)を作成した。
これでは、先物契約の市場価格の変化を利益計算上認識していないときには、ヘッジ項目の公正価格の未実現の変化(すなわち低価法による評価損)を認識する必要はないと示している。
(三)「債券先物取引の会計処理」
日本公認会計士協会は、昭和六〇年一〇月八日、米国財務会計基準書を参考に「債券先物取引の会計処理」を公表した。
これによれば、保有債券に低価法を適用する場合のヘッジ取引の会計処理について、現物の価額が著しく下落した場合に、保有債券に低価法をそのまま適用するとヘッジ取引の内容が反映されず、期間損益の実態を正しく示すことができないと考えられることから、低価法を適用するに当たっては適用する時価を先物契約の変動額により修正し、修正した価額を時価として評価額を算定すべきとされている。
なお、「先物債券取引の会計処理」は、一般企業を対象としたものであって、銀行業には直接の適用がない。
(四)「先物・オプション取引に係る経理処理について」(平成二年三月三〇日事務連絡により改正後のもの)
平成元年七月一一日付け大蔵省銀行課長発事務連絡「先物・オプション取引に係る経理処理について」(平成二年三月三〇日事務連絡により改正後のもの)は、銀行を対象とする先物取引及びオプション取引に係る経理処理の基準を示したものであって、有価証券市場における証券オプション取引の場合、オプションプレミアムの授受日においてその他資産中「その他の資産」の科目で処理するものとしていた。
しかし、本件オプション取引は店頭オプション取引であり、直接の適用はない。また、ヘッジの対象となった株式の評価については特に触れていない。
(五)「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見書等について」(甲一二)
企業会計審議会第一部会は、平成元年四月以降、先物取引等に係る損益の認識方法等について審議を行い、その結果を取りまとめた上で、平成二年五月二九日、「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見書等について」を公表した。
同意見書は、先物取引の会計処理基準については、現段階において、損益の認識、ヘッジ会計の方法等に関する確定的な基準を設定するには、なお検討を要する多くの問題点が残されているから、基本的な考え方及び会計処理方法を今後の検討材料として示すにとどめたとし、オプション取引の会計処理基準については、今後、オプション取引の定着状況、会計実務の推移等を踏まえながら検討していく予定であるが、契約時に授受されるオプション料の処理方法については、現行の会計実務上混乱がみられるため、第一部(「先物・オプション取引等に係る時価情報の開示に関する意見書」)においてその統一を図ることとしたとした。
そして、その「第一部 先物・オプション取引等に係る時価情報の開示に関する意見書」においては、先物・オプション取引がヘッジ目的で行われる場合には、先物・オプション取引に係る時価情報と、当該先物・オプション取引によりヘッジされている現物の有価証券等、特に市場性の有価証券に係る時価情報を併せて開示しないと、ヘッジ取引に係る損益情報の開示が偏り、投資者等の判断を誤らせるおそれがあるとした上、先物・オプション取引に係る時価情報の開示基準として、取引所に上場されている証券・金融先物及び同オプション取引を開示の対象とすべき先物・オプション取引とし、決算時におけるオプションの貸借対照表価額(売建又は買建時に授受されるオプション料の額)、これに対応する時価及び差損益をオプション取引についての開示すべき情報としている。
また、その「第二部 先物取引に係る会計処理に関する中間報告」では、オプション取引の会計処理については、今後の検討にゆだねるとされている。
(六)オプション取引会計基準形成に向けての調査研究(乙一三)
オプション取引会計基準研究委員会は、平成四年一〇月、その研究報告である「オプション取引会計基準形成に向けての調査研究」を発表し、オプション取引の会計基準について、概要、次のように報告している。
ア オプション料について、オプションの売買に際して当初授受した時点で、これを費用、収益の実現と考えて、即時損益する処理もあるが、現行のルールは、資産の取得又は負債の発生と考えてこれを資産・負債に計上する処理を要求しており、これには十分な妥当性があるとされている。
イ 支払オプション料の性格を、権利料とみる考え方、前払費用とみる考え方、仮払金とみる考え方、及び準貨幣資産とみる考え方を検討した結果、ケースバイケースで上述の性格のいずれかを持つか、あるいは複数の性格を併せ持つと考えるのが適切である。
ウ 支払オプション料の測定を、一括法(当初オプション料を資産、負債に計上するに際し、その総額を一括計上する方法)によるか分解法によるかについては、オプションの取引目的、買建、売建別に検討し、ヘッジ目的の買建オプションについては、時間的価値をヘッジのための保険料と考える立場からは分解法を、時間的価値を含むオプション料の総額をヘッジ対象の会計処理に影響させるという立場からは一括法を採用する。
エ 一括法による場合のオプション料の期末評価は、原価法、低価法(買建の場合)及びMTM評価(その時の時価で評価する方法)の三種類があるとされている。
三(一)ところで、日債銀は、本件オプション取引の支払オプション料の全額を資産として計上しているところ、原告らもこの点自体は、問題としてないし、上記二(四)ないし(六)の意見書等もこのような処理を認めているところである。
(二)また、日債銀は、六四期報告書において、本件株式を簿価で計上したことは前記のとおりであるが、その根拠について、被告らは、権利行使価格を簿価とする本件オプション取引により、本件株式を簿価で売却する権利を確定的に取得しており、権利行使価である簿価を正味実現可能額としてこれを時価とすることは低価法に反しないと主張しており、日債銀は、これも一根拠として上記の会計処理を行ったものと推認することができる。
(三)ア 平成九年三月当時、保有株式の評価基準として低価法を採用している銀行において、ヘッジ目的でオプション取引を行ったときに、ヘッジ対象となる株式の評価をどうするかについて、明確な会計基準は存在していなかった(《証拠略》)。
一方、債券先物取引の場合にはヘッジ取引の会計処理については、上記二(二)及び(三)のとおり、低価法を適用するに当たっては、適用する時価を先物契約の変動額により修正し、修正した価額を時価として評価額を算定すべきなどとされている。
債券先物取引の会計処理基準を、ヘッジ目的という点で共通し、平成九年三月当時、明確な会計基準が存在していないヘッジ目的のオプション取引において、類推適用することが公正な会計慣行に合致しないものとは言い難い。
そして、通常の先物取引においては、利益が出ても損失が出ても契約を履行する義務を有するのに対し、買建のオプション取引においては、購入者はオプションを行使する権利を有するのみであり、相場の状況が購入者に有利であれば権利を行使し、不利であれば権利を放棄することができるから、債券先物取引の会計処理基準を類推適用する際、「先物契約の変動額」を「オプション行使価額と時価」との差額と読み替えることが一概に不合理であるとはいえない。すなわち、債券先物取引の会計処理基準を類推適用すること、その際、保有株式の時価をオプションの行使価額によって修正した上で算定することが不合理であるとはいえない。
イ なお、原告らは、支払オプション料を資産計上した上で,本件オプション取引により本件株式の時価を簿価相当額に修正することを認めることは、支払オプション料相当額ないし時価と簿価との差額を二重計上することになるとも主張する。
しかし、日債銀は、本件オプション取引によって、本件株式の時価が三一〇一億円以上に上がった場合にオプション料を放棄しても利益が生じ、他方、本件株式の時価が一一六〇億円以下に下がった場合にはオプションを行使し、又はオプションを譲渡することで利益を得ることが可能になるという地位を取得したといえるのであるから、前記処理を以て直ちに二重計上と評価することはできない。
(四)以上によれば、平成九年三月当時において、支払オプション料を資産として計上しつつ、他方、保有債券の時価評価を先物契約によって修正された価格によることは、当時の会計基準あるいは会計慣行に反しているとまではいえない。
なお、上記二(五)の「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見書等について」の「第一部 先物・オプション取引等に係る時価情報の開示に関する意見書」においては、決算時におけるオプションの貸借対照表価額(売建又は買建時に授受されるオプション料の額)、これに対応する時価及び差損益をオプション取引について開示すべきものとしている。しかし、これは、取引所に上場されている証券・金融先物及び同オプション取引を開示の対象としており、店頭取引であった本件オプション取引には直接あてはまるものではない上、これを開示しないことが、有価証券報告書の虚偽記載となるほどに確立された会計基準であるとも認められないから、上記の認定に影響するものではない。
四 そうすると、日債銀が、平成九年三月期決算において、本件株式について、プットオプションの購入代金を資産計上する一方、本件株式を簿価で計上し、損益計算書に保有上場株式の評価損約七〇六億円を計上しなかった会計処理について、それが当時の一般に公正妥当と認められる会計基準あるいは公正な会計慣行に反していることを前提とする原告の主張は、その他の点を判断するまでもなく理由がない。
第四 結論
したがって、原告らの請求はいずれも理由がないから、本件請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六五条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 亀井宏寿 尾河吉久)
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